技術士第二次試験の採点基準となるコンピテンシーの本質について、私が現時点で理解している内容を解説していきます。コンピテンシーの本質を捉えるうえで複合的な問題(Complex Problem)の理解は不可欠ですから、まずはその意味から説明していきます。
技術士に求められるコンピテンシーレベル
技術士に求められるコンピテンシーは、国際エンジニア連合が定義するプロフェッショナルコンピテンシー(IEA-PC)を満たすように制定されています。
IEA-PCでは、エンジニアリングに携わる人材を以下の3つの階層に分類し、それぞれの求められるコンピテンシーレベルを設定しています。
IEA-PCにおける階層別のコンピテンシーレベル
プロフェショナル・エンジニア :複合的な問題を解決できるレベル
エンジニアリング・テクノロジスト:広範囲な問題を解決できるレベル
エンジニアリング・テクニシャン :定型的な問題を解決できるレベル
日本の技術士は、上記のうちプロフェショナル・エンジニアに該当することが国際的に認められています。すなわち、技術士に求められるコンピテンシーは、複合的な問題を解決できるレベルを規定したものであり、第二次試験ではそのコンピテンシーレベルを確認しています。
なお、2026年度(令和8年度)の第二次試験から適用されるコンピテンシーは、2021年に発効されたIEA-PC(ver4)に準拠して改訂したものです。IEA-PC(ver4)は、ユネスコや世界工学団体連盟の支援を受け、持続可能な開発目標(SDGs)や多様性、包摂性、倫理観といった現代的な価値観が新たに反映されています。
技術士試験で問われる複合的な問題とは
複合的な問題とは、多くの構成要素が複雑に相反・依存し、明白な解決策(正解)が存在せず、時間の経過や環境の変化に伴いその規模や性質が変容する、極めて難解な問題を指します。この難解な問題を解決するということは、社会が許容できる大きさまで縮小するということです。
例えば、インフラの老朽化問題は、複合的な問題の典型例です。この問題は、単に経年劣化だけではなく、管理、人員、予算、技術、法令、制度など、様々な構成要素を踏まえなければ解決できません。建設直後には顕在化していなかったこの問題は、半世紀を経た現在、喫緊の対応を迫られる大きな社会問題へと拡大し続けています。
国はこの問題に対し、維持管理のDX化、既存施設の集約・撤去、インフラ群再生戦略マネジメントなど、様々な方策を打ち出しています。しかし、これらの方策によって老朽化問題がどの程度縮小できるのかについては、明白な解決方法(実行方法の正解)はありません。正解が無いからこそ、老朽化問題は第二次試験の出題テーマになっています。
技術士に求められるコンピテンシーの本質
専門的学識
「専門的学識」は、複合的な問題を解決するために必要な知識水準と応用水準を規定したものです。知識レベルは、基本的な原理・原則を理解しているレベルを要求しており、応用は基本的情報を正しく適用することです。
正解が無い複合的な問題を解決するには、知り得た情報を利用して有効な解決策を導き出さなければなりません。
例えば、構造物の設計業務は、安全な構造物の形状(正解)が無い問題に対して、安全な形状(解決策)を導き出す業務です。安全な構造物の形状(アウトプット)を決定するには、入手すべきインプット情報と安全基準・計算方法を理解し、正しく適用することが要求されます。
問題解決
「問題解決」は、複合的な問題の解決策を導き出すためのプロセスの遂行能力レベルを規定しています。遂行プロセスは、内容明確化、要因分析、影響度判断、解決策提案の流れとなっており、この流れに沿って有効な解決策を導き出す能力を求めています。
また、複合的な問題は、相反要因(トレードオフ要因)が複雑に絡み合って起こる問題です。そのため、解決策を導き出すプロセスにおいては、リスク要因の分析と相互影響の判断が極めて重要となります。もしリスク要因の把握が不十分であったり、相互影響の判断を誤ったりすれば、導き出される解決策に重大な欠陥が生じ、取り返しのつかない事態を招く恐れがあるからです。
例えば、堤防盛土の構築は、材料特性、予算、工期、品質、施工機械、周辺環境といった多様な要素が相互に関連する複合的な問題です。ここで、土質性状の判定ミスや工期短縮を優先した締固め不足が発生した場合、洪水時に堤防が決壊し、沿川住民の生命や財産に甚大な被害を及ぼすリスクが生じます。
したがって、安全な堤防構築にあたっては、まず達成すべき安全目標を明確にする必要があります。その上で、土質試験データを分析・精査し、予算や工期への影響を判断しつつ、最適な締固め工法を選定しなければなりません。
一連のプロセスを遂行するためには、公衆の安全や社会の持続性を最優先事項とする倫理観も強く要求されます。
マネジメント
「マネジメント」は、複合的な問題の解決プロセスにおいて、計画・実行・検証・是正(PDCA)のサイクルを回し、人員・設備・金銭・情報などのリソースを最適に配分(使い分け)できる能力を規定しています。
例えば、コンクリート工事は、打設を開始したら途中で止めることができない特性があるため、以下のように様々なリソースをPDCA段階で的確にマネジメントする必要があります。
計画(P):必要な人員や機材の確保、プラント価格や運搬ルートの設定
実行(D):生コン受入や打設・養生管理、気象変化・機材故障等の対応
検証(C):供試体の作成、強度試験の実施、試験結果の分析と品質評価
是正(A):ひび割れの要因分析と改善策検討、次施工や別施工での適用
評価
「評価」は、複合的な問題の解決プロセスにおいて、アウトプットの有効性とリスクを評価し、改善して他の業務で活用する能力を規定しています。これは、多くの企業が導入している品質マネジメントシステム(QMS)におけるデザインレビューと同じだと考えることができます。
このコンピテンシーは、マネジメントと深く関わっており、PDCAサイクルにおいて以下のような評価を行います。
計画段階(P):設計条件、要求事項、課題設定、想定リスクに対する評価
中間段階(D):中間結果の妥当性とリスク、資源配分の適性に対する評価
完成段階(C):最終成果の妥当性と波及効果、将来的リスクに対する評価
活用段階(A):業務成果の活用拡大に向けた、改善策の効果に対する評価
コミュニケーション
「コミュニケーション」は、単に情報を聞く・伝える能力だけではなく、関係者と相互理解を成立させて、関係者全員の知恵をフル活用して協働しながら問題を解決できる能力を規定しています。
複合的な問題は様々な要因が複雑に影響しているため、解決策の有効性を高めるためには多様な関係者から要因・影響に関する情報を聞き、解決策に反映しなければなりません。
例えば、通学路の交通事故対策を計画する場合、計画者は、道路管理者、地元警察、道路利用者、学校関係者、沿道住民等の関係者から情報を聞き、計画案を関係者に説明し、関係者の相互理解のもとで計画を策定します。このように、複合的な問題の最適な解決策は、関係者とのコミュニケーションを通じた協働により導き出されるのです。
この時、情報や説明が不明確であれば相手に誤解を与え、一部の情報を無視すればリスクを見逃す危険性もあるため、コミュニケーションでは「明確性」と「包摂性」が極めて重要な要素です。
リーダーシップ
「リーダーシップ」とは、多様な関係者に対する役割提示能力と利害調整能力を規定しています。役割提示能力とは、目標達成に向けて各メンバーが果たすべき役割を設定する力であり、利害調整能力とは、関係者間の対立を解消してチーム力を維持する力のことです。
複合的な問題は、多様な関係者が一丸となって取り組まなければ解決できません。個々の関係者が自身の都合や利益を優先してバラバラに動いてしまうと、チーム力は低下し、効果的な解決策を導き出すことが困難になります。そのため、リーダーには関係者への役割明示と、利害調整を通じて組織をまとめる力が不可欠です。
また、この能力はリーダーに限ったものではありません。担当者の立場であっても、自身の役割について上司とすり合わせを行い、他の関係者と利害を調整する場面があるはずです。問題解決の一翼を担う以上、上司・同僚・部下との調整はもちろん、データの入手先や成果物の引き渡し先といった外部との利害調整も必要になります。
技術者倫理
「技術者倫理」は、複合的な問題を解決する活動が、生命財産、社会経済、地球環境、地域文化に重大なマイナス影響(リスク)を及ぼすことを予見し、それを未然に防止する行動原則(公衆優先原則・持続性原則)を規定しています。合わせて、業務対象地域の法令制度の遵守と文化的価値の尊重、自分の活動範囲・責任範囲の明示も規定しています。
複合的な問題は、正解が存在しない一方で、多大なリスクを内包しています。自社の利益を優先して判断を誤れば、公衆に深刻な被害を及ぼしかねません。しかし、一般市民は専門的なリスクを判断するための知識を必ずしも持ち合わせておらず、その判断を専門家に委ねざるを得ません。
技術士は、適切なリスク判断ができる資質能力を兼ね備えていることを、国に承認されたプロフェショナル・エンジニアです。ゆえに技術士には、重大な悪影響を未然に防止し、公衆の安全と利益を守る重い責任が課せられています。
継続研さん
「継続研さん」は、複合的な問題を解決するために必要な資質能力を、生涯にわたって維持・向上させる責務を規定しています。社会経済の進展や自然環境の変化に伴い、解決すべき問題は複雑化・多様化し続けています。同時に、それらの解決手段となる技術も、日進月歩の勢いで進化しています。こうした変化に即応し、プロフェショナル・エンジニアとしての水準を保ち続けるため、技術士には継続的な研さん活動が強く求められます。
また、継続研さんは自己の能力向上に留まるものではありません。業務で得られた技術的知見やリスク情報の外部発表、さらには次世代を担う後進の人材育成に寄与することも、重要な責務の一つとして含まれています。企業内における人材育成では、自社の利益に直結する技術教育が優先されがちなため、その中で公衆の利益を最優先とする技術者倫理教育をいかに組み込むかが重要な課題といえます。
