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口頭試験に向けて、絶望的願書を高度な課題解決ストーリーに変えた話

過去記事

筆記合格の喜びから一転、小論文が絶望的だったA君

若いA君は、ほぼ独学で筆記試験に合格しました。私は、彼から受験の相談を受けたことはありませんでした。そんな彼が、口頭試験を前に業務経歴票を見て欲しいと、私のところにやってきたのです。

筆記試験合格で、さぞかし喜んでいるのだろうと思いきや、かなり落ち込んでいる様子でした。

「この小論文なんですけど、レベル低すぎですよね。これじゃ落ちますよね」

「なぜそう思うの?」

「周りの技術士の方に見てもらったのですが、皆さん高度な技術を発揮していないので、落とされると言うです」

願書に書いた小論文のテーマは、形状が特殊な構造物の耐震設計でした。動的解析を行ったようですが、解析手法に工夫は見られす、よく使われている一般的な方法を用いたようです。

<小論文の記述>

制約条件をクリアーするために、特殊な構造形式を提案した。

この構造形式に対する耐震設計方法が課題となった。交番応力が作用する構造形式であるため、動的解析により応力照査を行った。解析は実績がある類似構造物と同様のモデルとして行い、部材断面を決定した。

結果、発注者に制約条件をクリアーする安全な構造物を提案できた。

 

少し話を聞けば、かすかな希望が見えてきた

小論文を読むだけなら、確かに普通の耐震設計で、どこが高度なのかと言いたくもなります。でも、なんとなく説明が下手なだけかもしれないと思い、もう少し話を聞いてみました。

「A君は、なぜこの業務で技術士を受験しようと思ったの?」

「答えを出すのに何度もトライアルして、苦労した業務だったからです」

「どうして何度もトライアルしたの?」

「モデルの組み方で応答値が変わるので、いろいろパターンを試したんです」

「最終的に、類似構造物と同様モデルを用いた理由は?」

「形が近ければ発生応力も近いと思ったからです。上司や発注者も理解しやすかったし」

「一般的な解析ソフトを使ったようだけど、そのソフトで解析しようと思った理由は?」

「いろいろなソフトを試したかったのですが、新たなソフトを買うにはコストもかかるし、使い方も分からないし、それに答えが妥当かどうかも分からないので、使い慣れてるものを使いました」

「なるほどね。それって、もしかすると課題解決になってるかも。。。」

A君から少し話を聞いて、実はこの業務、技術士にふさわしい課題解決プロセスをたどっていたのではないかと思えてきました。少し話を聞いて、かすかに希望が見えたのです。

 

本当はこうだったA君の課題解決ストーリー

A君と私は、課題解決ストーリーを改めてまとめるてみることにしました。

すると、小論文では普通の耐震設計業務としか思えなかったものが、本当は技術士にふさわしい課題解決ストーリーだったことが分かったのです。

 

<本当の課題解決ストーリー>

制約条件をクリアーするために、特殊な構造形式を提案した。

この構造形式に対する耐震設計方法が確立しておらず、各部材の性能照査が課題となった。実験で検証するには、時間とコストの面から難しく、発注者の理解も得られなかった。そのため、動的解析から交番応力に対する性能照査を行うこととしたが、同一構造の解析事例が無かったことから、応答値の妥当性検証が技術的問題点となった。

この問題に対し、一般的に使われている汎用ソフトを使用して、類似構造物の解析結果との比較が合理的と考えた。そのため、解析実績が多い類似構造物に近いモデルでトライアル計算し、発生する応答範囲を比較して妥当性を検証した。

結果、発注者に制約条件をクリアーする安全な構造物を提案できた。

設計方法が無い(条件)、性能照査(課題)、妥当性検証(問題点)、類似との比較(解決策)、トライアル計算(リスク対策)の業務プロセスをたどっています。これが、技術士に絶対必要な課題解決能力です。A君は、その能力を発揮した業務体験があるということです。

しかも彼は、この方法が最善策だとは思っていません。彼に改善点を聞けば、次々と出てきます。これも、技術士には絶対必要なことです。

 

絶望的な小論文が、実はかなり高度な内容だった

お金も時間も無い、マニュアルも事例も無い。そんな状況で解析の妥当性を検証するのは、かなり高度な判断を要すると思います。面倒なことや不確実なことは、避けることが普通でしょう。でも、A君はこれならいけると判断し、チャレンジしたのです。

もし、A君がこの課題を解決しなかったら、その特殊な構造形式は採用されず、制約条件はクリアーできなかったはずです。

「その特殊な構造形式を採用しなかったら、結果どうなっていた?」

A君にそう聞いてみると、答えはこうでした。

「実際、話題になったのですが、2倍ほどお金をかければ別の方法もありました。でも、設計の妥当性だけのことで、コストが約半分にできるのです。発注者からも、お金をかけない方法で、なんとかして欲しいとお願いされましたし、やるしかないと思いました」

小論文にコストのことは、いっさい書かれていません。口頭試験でも聞かれなかったそうです。でも、実際はしっかりコスト意識を持って仕事をしていました。聞かれれば、即答できたはずです。

 

A君が気付いた本当の立場・役割とは

実際、特殊な構造形式を考案したのは、A君の上司だそうです。A君は上司の指示で構造計算をする立場でした。小論文には、立場として「設計担当者」としか書いていませんでした。

当初、A君は口頭試験で責任ある立場なのかどうかを聞かれて、どう答えれば良いか心配していました。それで、先輩技術士に相談していたのです。

「はじめは、特殊構造を考案したことが、高度な技術で技術士にふさわしいと思っていました。でも、それを考案したのは上司で、僕は構造計算しただけなんです。だから、口頭試験で立場や役割を聞かれたとき、どう答えるべきか迷っていました」

でも、課題解決ストーリーをまとめているうちに、A君は気付きました。自分は上司が考案した構造形式の構造計算をする立場で、構造計算における課題を解決する役割だったことを理解できたのです。ですから、口頭試験でも、迷うことなく堂々と、自分の立場と役割を伝えることができたようです。

 

A君が小さな会社の簡単な仕事で技術士になれた理由

A君は、地方にある小さな設計会社の技術者です。普段は比較的簡単な仕事が多く、若いA君は上司の指示で仕事をしていました。実際、簡単な仕事の一部しか任されていなかったのです。

大企業の技術者なら、最新技術を駆使する業務体験ができるでしょう。発注者も、その最新技術に期待して難しい仕事を発注します。ですから、経歴票や小論文も、新聞や雑誌で紹介されているような、難易度の高い有名業務を書くことができるでしょう。

一方、小さな会社の技術者は、そんな最新技術を使える資金もノウハウもありません。発注者も、最新技術を使って欲しいわけではなく、一般的な方法で普通にやって欲しいだけです。ですから、経歴票や小論文にも、簡単な仕事を一般的な方法でやったことしか書けません。

しかし、技術士は大企業にも中小企業にもいます。大企業であれ、中小企業であれ、技術士になれるのです。なぜ、中小企業の業務経験しかなくても、技術士になれるのでしょうか?

それは、A君のように、地方の小さな会社で簡単な仕事をしていても、たとえ一般的な方法を用いても、高度な技術体験ができるからです。

高度な技術体験は、待っていては来てくれません。人から与えられるのもでもありません。自分から見つけに行くのです。A君は、上司から与えられた仕事に、それを見つけに行ったから技術士になれたのだと思います。

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