必須科目Ⅰや選択科目Ⅲでは、1つの課題に複数の解決策を提示し、複数の解決策に共通して生じうるリスクと対策が問われます。多くの受験者が戸惑うこの設問は何を意味するのか。リスクマネジメントの観点から考えると理解しやすいので紹介していきます。
技術士にリスクマネジメントが求められる理由
技術士分科会は、現行の技術士試験制度を決めるにあたり、第二次試験の目的を次のように設定しています。
複合的なエンジニアリング問題を技術的に解決することが求められる技術者が、問題の本質を明確にし、調査・分析することによってその解決策を導出し、遂行できる能力を確認することを目的とする。
ここで使われている「エンジニアリング」という言葉は、必須科目Ⅰや選択科目Ⅲの出題内容の説明文にも出てきます。エンジニアリングとは、科学技術を応用することですが、高度な科学技術の取り扱いには、大きなリスクを伴います。
試験制度改正のベースとなっている国際エンジニア連合(IEA)が定めた「卒業生としての知識・能力と専門職としての知識・能力」(GA&PC)の序文に、以下のような一文があります。
エンジニアリング活動は、便益をもたらす一方で、負の結果をもたらす可能性がある。それ故、エンジニアリング活動は、責任を持って、倫理的に、また、利用可能資源を効率的に使用しながら、経済的に、健康と安全を守りつつ、環境面で健全かつ持続可能な方法で、そのシステムが作られてから廃棄されるまでの全体にわたってリスクを全般的に管理しながら行われなければならない。
「エンジニアリング活動は・・・リスクを全般的に管理しながら行われなければならない」とあるように、技術士としての活動は、リスクマネジメントそのものだと言っても過言ではありません。
これらのことから、必須科目Ⅰや選択科目Ⅲでは、科学技術のリスク(危険性)をコントロールして、ベネフィット(利便性)を最大とするコンピテンシー(資質能力)が試されていると考えることができます。
問題解決プロセスとリスクマネジメントとの相関
必須科目Ⅰと選択科目Ⅲの設問(1)~(3)は、同じ設問内容になっていています。3つの設問の趣旨は、確認されるコンピテンシーの内容を踏まえると次のように解釈できます。
設問(1):複合的な問題を明確にして潜在要因分析から課題抽出する能力の確認
設問(2):相反する要求事項と影響度を評価した上で方策を提起する能力の確認
設問(3):得られる成果に生じうる新たなリスクの評価と対策を示す能力の確認
3つの設問で確認される能力について、アンダーライン部分を順に並べて要約すると5つの問題解決プロセスが見えてきます。この5つの問題解決プロセスとISO31000のリスクマネジメントのプロセスを並べると、次のようにほぼ同じであることがわかります。
| 問題解決のプロセス | リスクマネジメントのプロセス | |
| ①複合的問題の特定 | → | ①リスク特定 |
| ②潜在する要因分析 | → | ②リスク分析 |
| ③負の影響度の評価 | → | ③リスク評価 |
| ④影響の低減対応策 | → | ④リスク対応 |
| ⑤派生リスクの対応 | → | ⑤リスク監視 |
このことから、複合的問題はリスクマネジメントのプロセスをたどらなければ解決できないことがわかります。
リスクマネジメントによる解答
必須科目Ⅰと選択科目Ⅲの3設問は同じ内容になっています。
設問(1):技術者の立場で多面的観点から課題を抽出し分析
設問(2):最も重要と考える課題を選び複数の解決策を提示
設問(3):解決策に共通して新たに生じうるリスクと対応策
設問(1)に書かれている「技術者の立場で」は、「技術士の立場で明確にした複合的問題について」と読み替えることができます。その上で多面的観点から課題を抽出し、分析せよという設問です。つまり、設問(1)では、複合的問題の特定、課題の抽出、課題の分析の3項目の解答が求められています。
設問(2)では最重要課題と解決策の2項目、設問(3)では新たなリスクと対応策の2項目の解答が求められています。
したがって、3設問で解答が求められている内容は全部で7項目となり、これに対してリスクマネジメントに沿った解答内容を整理すると次のようになります。
| 3つの設問の内容 | リスクマネジメントによる解答内容 | |
| ①複合的問題の特定 | → | ①複合的に起こりうるリスクの特定 |
| ②多面的な課題抽出 | → | ②対応策が必要な個別リスクの抽出 |
| ③各抽出課題の分析 | → | ③各リスクを発生するハザード分析 |
| ④最重要課題の選定 | → | ④個別リスク間の相互影響度の評価 |
| ⑤複数の解決策提示 | → | ⑤最大影響リスクの低減対策を提示 |
| ⑥新たな発生リスク | → | ⑥許容した残留リスクや二次リスク |
| ⑦発生リスクの対策 | → | ⑦許容範囲に留めるリスク監視対策 |
ここで重要なことは、技術士に解決が求められる複合的問題を、複数のリスクが同時に発生する複合リスクと捉えることです。
設問(1)で問われる多面的な課題は、複合リスクに含まれる多面的なリスクの低減方針ですから、これを単独リスクで捉えてしまうと、設問の趣旨と解答内容がずれてしまいます。そうならないために、まず初めに複合的問題(=複合リスク)を特定する必要があります。
リスクマネジメントによる問題解決手順
複合リスクの個別リスク抽出とハザード分析
複合リスクとは、出題テーマに書かれていることができない場合の悪影響と考えて特定します。例えば、防災・減災がテーマであれば、防災・減災ができない場合の悪影響として、国民の危険・不安が増大することを複合リスクと特定することができます。
複合リスクを特定できたら、次に複合リスクに含まれる個別リスクを違う側面から抽出します。自然災害で国民の危険・不安を増大させているリスクを「人・物・金・情報」などの側面から考えていきます。そうすると、施設崩壊リスク(物)、逃げ遅れリスク(情報)、長期避難リスク(人)などの個別リスクが抽出できます。
これら個別リスクの低減方針が、多面的な課題となります。課題の抽出とは、低減対策が必要な個別リスクの低減方針を示すことだと言えます。
| 複合リスク | 個別リスク | 多面的な課題 | |
| 国民の危険・不安の増大 | ①施設崩壊 | → | ①施設の強靭化 |
| ②逃げ遅れ | → | ②避難の迅速化 | |
| ③長期避難 | → | ③早期機能回復 |
ハザード分析とは、現状から各リスクの発生要因を分析することです。ハザード分析には、現状把握が必要ですから、予備知識としてあらかじめ習得しておく必要があります。ハザードを分析した結果が、課題の抽出理由になります。
| 個別リスク | 個別リスクのハザード分析(要因分析) | |
| ①施設崩壊 | → | ①超過外力の作用、老朽化による性能低下 |
| ②逃げ遅れ | → | ②避難情報送受信の不備、避難判断の遅れ |
| ③長期避難 | → | ③住居や仕事の消失、ライフラインの損傷 |
個別リスク間の相互影響度評価と低減対策の提示
違う側面から抽出した個別リスクは、相反関係として相互に影響いるケースが多々あります。施設崩壊リスク、逃げ遅れリスク、長期避難リスクもそうです。施設強靭化が進めば迅速避難の意識は低くなり、迅速に避難すれば避難所生活が長くなります。
最重要課題は、どの個別リスクに対策をかければ、複合リスクの低減効果が最大になるかを評価して選定します。そうすれば、相反する要求事項の影響度を評価して解決策を提示したことになります。
例えば、頻発する自然災害での施設崩壊リスクを低減することが、国民の危険や不安の低減に最も効果があると評価すれば、施設強靭化を最重要課題に選定できます。
また、施設強靭化には費用と時間がかかるため、逃げ遅れリスクの低減が国民の危険や不安の低減に最も効果があると評価すれば、避難の迅速化を最重要課題できます。
個別リスクが相反関係に無い場合は、有効性対コストや必要性対実現性などの相反関係から、リスク低減効果が最大となる課題を最重要課題に選定することもできます。
解決策とは、リスクの低減対策のことです。リスク低減対策は、ハザードの低減が基本になります。
先ほど、施設崩壊リスクのハザードとして、超過外力の作用と老朽化による性能低下を挙げました。これらのハザードを低減するための要求事項を、外力・作用・性能の3要素で考えてみます。この3要素に対する要求事項を満足するのがハザードの低減対策、すなわち解決策の提示になります。
| 施設強靭化の要求事項 | ハザードの低減対策(解決策) | |
| ①最大想定外力の設定 | → | ①最新の変動予測に基づく外力の設定 |
| ②作用後の早期回復性 | → | ②致命的損傷を負わない構造への転換 |
| ③既存施設の性能維持 | → | ③性能確保のための補修・補強・更新 |
解決策の提示では、リスク対策の有効性を示すためにも、ハザードの低減効果を説明しなければいけません。
将来予測に基づく最大想定外力を設定することで、想定外の外力が作用する確率を低減できます。致命的損傷を負わない構造にすれば、施設の崩壊リスクは減ります。既存施設の補修・補強・更新を計画的に実施すれば、老朽化による防災性能の低下も低減できます。
解決策で許容したリスクと監視対策
提示した解決策はリスクを低減しただけなので、なにがしかのリスクが残ります。それが残留リスクです。また、解決策を実施することにより、発生する副次的リスクもあります。それが二次リスクです。どちらも、現時点ではリスク低減対策を実施するレベルではないので、許容できると判断したリスクです。
設問(3)で問われる「解決策に共通して新たに生じうるリスク」とは、残留リスクや二次リスクのことです。現時点ではそのレベルにとどまっているけれども、しっかり監視していかなければ将来的に低減対策が必要となるのが、残留リスクや二次リスクだと考えれば良いでしょう。
施設強靭化対策の残留リスクとしては、被災後の健全度の変化や自然環境条件の変化による、既存施設の有効性低下が挙げられます。被災するたびに施設はダメージを受け、地形や地質条件が変われば想定外力も当初と変わります。そのため、強靭化した施設の有効性が低下していく可能性があります。
また、施設強靭化対策を進めると被災する頻度が下がり、地域の防災意識が低下する二次リスクも発生します。
これらのリスクが大きくなり、許容できないレベルに達しないように監視する必要があります。新たに生じるリスク対策とは、リスク監視対策のことです。監視と言っても見ているだけではなく、次のように管理していくということです。
| 施設強靭化に生じる新たなリスク | リスク監視対策(リスク対応策) | |
| ①被災後の既存施設有効性の低下 | → | ①強靭化計画のPDCA管理の実施 |
| ②施設増強による防災意識の低下 | → | ②タイムライン見直し活動の継続 |
二次リスクでは、受験する専門分野では対応できないリスクもあります。ICT活用やシステム構築などの解決策では、データ流出やシステムダウンの二次リスクが挙げられますが、これらのリスクはIT系の技術分野と連携しなければ対応できません。このような場合は、他分野との連携によるリスク対策を提示するようにします。
おわりに
必須科目Ⅰや選択科目Ⅲにおいて、1つの課題に複数の解決策を提示し、複数の解決策に共通して生じうるリスクと対策が問われるのは、これらの問題がリスクマネジメント能力を試す問題だからです。
1つのリスクを分析して複数のハザードを洗い出せれば、ハザードの低減対策が複数提示できるはずです。この複数のハザード低減対策では、許容範囲内にある残留リスクや二次リスクを想定するはずです。
それらの残留リスクや二次リスクが許容範囲を超える状況になることが、複数の解決策に共通して新たに生じうるリスクです。そのため、解決策の有効性を維持するためには、それらのリスクが許容範囲にとどまるように管理していかなければなりません。これが、新たに生じうるリスク対策です。
技術士に課せられる技術的責任とは、技術的リスクをコントロールする責任です。技術士試験は、その責任能力の有無を試す試験だと考えれば良いでしょう。
総合管理部門でもリスクマネジメント能力が問われますが、総監は組織管理やプロジェクト管理でのリスクマネジメント能力です。一般部門では、エンジニアリング問題の解決における複合リスクのマネジメント能力なので、より技術士の実務能力に近いと言えます。

