H24技術士試験でA評価だった必須論文は、新制度試験でもA評価をもらえるのでしょうか?
そんな疑問に答えるため、H24合格時の再現論文から、H31試験で評価されるコンピテンシーが読み取れるのかを検証してみました。
H31必須科目で評価対象となるコンピテンシーとは
新制度の試験では、筆記試験の各問題で評価するコンピテンシーが決められており、必須科目の問題では次の5つが評価対象となります。
- 専門的学識:重要キーワードに対する知識
- 問題解決:複合的な問題に対する解決能力
- 評価:提案した解決策に対するリスク評価
- コミュニケーション:文章による説明能力
- 技術者倫理:責任の明確化と公益確保の優先
この内、最も重要な評価項目は「問題解決」です。どんなに知識が豊富でも、どんなに文章が上手くても、複合的な問題を解決する能力が無ければ、絶対に技術士にはなれません。
複合的な問題とは、①複数要因が絡む、②トレードオフを含む、③絶対的正解が無い、④重大リスクを含むなど、簡単には解決できない問題のことです。
複合的な問題については、こちらの記事で解説していますので参照してください。
H24必須科目のテーマは東日本大震災を踏まえた防災減災
当時の必須科目は2問中1問選択で、私が選択したのは以下の問題です。
H24Ⅱ-1 東日本大震災を契機として,あらためて防災・減災対策のあり方が議論されている。建設部門に携わる技術者として,我が国の防災・減災に向けた社会基盤の整備における課題を3つ挙げ,その内容を説明せよ。また,それらの課題に対し,防災・減災に向けた今後の社会基盤の整備を具体的にどのように進めていくべきか, あなたの意見を述べよ。
テーマはH23年3月に発生した東日本大震災でした。誰もが予想していた大本命のテーマで、当時この問題を選択した人は多かったはずです。
H24答案は持続可能な社会の実現を目標に作成
答案には、持続可能な社会の実現を目標として、防災・減災を踏まえた社会資本整備のあり方を書きました。再現論文は以下の通りですが、当時は事前に用意いしていた模擬答案をそのまま書いたので、再現論文というより実際の答案です。
<H24Ⅱ-1再現論文>
1.はじめに
我が国は、少子高齢化、人口減少、社会資本ストックの老朽化が進行し、加えて東日本大震災を契機とした自然災害への不安増加、エネルギー制約などの問題に直面している。このような社会状況において限られた財政制約の中、地域住民の生命、生活、生業を持続できる社会を実現するための課題と解決策について私見を述べる。
2.持続可能な社会の実現に向けた課題
2.1 既存ストックの機能維持・向上
地域の生活や産業経済活動は、これまでに整備蓄積された膨大な社会資本ストックが、持続的に機能していくことを前提としている。しかし、既存ストックは老朽化・劣化により安全性能が低下し、高齢者にとって利便性が悪いなど、それらの機能低下が進んでいる。
財政状況が厳しい中、既存ストックの機能維持と機能向上をいかに行うかが課題となる。
2.2 広域大災害に対する不安の解消
我が国の建設技術は、自然災害に対する安全・安心の確保に向けて発展してきたと言っても過言ではない。しかし、近年では豪雨災害や地震災害が多発し、特に東日本大震災の発生により、国民の広域大災害に対する不安は増大している。
我々建設技術者は、東日本大震災を想定外の事象と済ませてはならず、そこから得られた教訓を今後の防災技術に生かすという課題に立向わなければいけない。
2.3 社会資本整備における財源の確保
少子高齢化と人口減少社会の進行は、税収の縮小や社会福祉予算の増大に拍車をかけ、社会資本整備における財政制約は、ますます厳しくなっていく。特に、過疎化が進行する地方部においては、その傾向が顕著であり、既存ストックの維持更新に予算が回らず、施設の荒廃化も進んでいる状況である。
このような財政状況において、国民の生命、生活、生業の基盤となる社会資本の整備費をいかに確保していくかが課題となってくる。
3.課題の解決策
3.1 施設機能の集約化と予防保全型維持管理の展開
高齢化社会では、子育てしやすく、高齢者が自立して安全・快適に生活できるまちづくりが必要である。そのために、住居、医療、教育、職場が近接する集約型まちづくりと施設のバリアフリー化を進める。
また、維持管理の平準化とライフサイクルコストの削減に向けて、予防保全に基づくアセットマネジメントを地方にも展開していく。
3.2 最新の被災想定に基づく防災機能の信頼性向上
防災・減災では、最新の被災想定に基づき、防災機能の信頼性向上に向けて以下の施策が必要である。
①災害発生時の地域住民の生命確保のため、緊急避難情報の発信施設整備、およびハザードマップの拡充と避難ルートの整備を進める。
②救命・救援活動拠点と陸上輸送ルートの確保のため、空港施設の耐震化、復旧活動拠点を想定した公共スペースの整備、陸上輸送路啓開方法の事前検討を進める。
③施設に求める耐震レベルの設定と施設個々の耐震化を進め、各施設の防災機能の多重化や代替性により、地域全体のフォールトトレランスを高める。
3.3 民間資金の活用と海外経済の取り込み
今後さらに厳しい財政状況が予想される中、必要な社会資本整備を確保するため、民間資金の活用に向けてPPP/PFI事業を推進する。また、地域独自の産業、風土、景観などを生かした観光産業の振興により、発展する東アジアなどの海外経済を地域経済に取り込むことが必要である。そのために、国際空港や国際港湾の整備と各地域の観光ルートの整備を進める。
4.おわりに
持続可能な社会の実現には、多くの時間と費用がかかり、時代の変化と共に国民ニーズや財政状況も変化していくことから、PDCAサイクルの中で時代適合性を検証しながら社会資本整備を進める必要がある。
また、大規模災害ではリスクアセスメントやリスクコミュニケーションを通じての合意形成、および分野間、組織間などの多様なフェーズによる連携が重要と考える。(以上)
H24答案に対する現時点でのコンピテンシー評価
現状と目標を書く、多様な視点から問題を捉える
「1.はじめに」で、高齢化人口減少・老朽化・国民の不安・エネルギーや財政制約などの現状と、持続可能な社会という目標を示しており、問題(目標と現状のギャップ)が見えるようになっています。現状の問題点(不都合な点)をたくさん書いても、目標が書かれていなければ解決すべき問題は見えません。また、現状を人(人口)・物(施設)・金(財政)など、多様な視点から捉えている点も問題解決での評価は高くなると思います。
トレードオフ関係の課題抽出は高評価になる
「2.持続可能な社会の実現に向けた課題」で挙げた3つの課題は、施設機能、国民意識、整備財源という違う視点から抽出しており、それぞれがトレードオフ関係にもなっています。施設機能を上げるには財源が必要ですし、整備費を増やして福祉予算が削られれば国民は不安になります。このトレードオフには明白な解決策はありません。つまり、技術士が解決すべき複合的な問題から課題を抽出しているので、問題解決の評価は高いと思います。
また、2.2広域大災害に対する不安の解消では、震災の教訓を今後の防災技術に生かすという使命感や責任感もうかがえ、技術者倫理も評価されると思います。技術者倫理をどの様に評価しるかは分かりませんが、自分の技術範囲を明確にすることや公益確保の優先が評価のポイントになると考えられます。
キーワード量とそれを論理的につなげる文章力で評価に差が付く
「3.課題の解決策」は、知識や論理的思考の見せどころです。当時の答案も、そこを意識して作成しており、十分評価される内容ではないかと思います。
解決策には専門的なキーワードがたくさん出てきますが、それをいかに論理的につなげて説明するかがポイントです。キーワードを羅列している論文をよく見ますが、新制度の試験ではキーワードをつなげる文章力がカギを握るかもしれません。コミュニケーションの評価では、文章力で差が付けられるはずです。
3.2の中にある「陸上輸送路啓開方法の事前検討」や「地域全体のフォールトトレランス」は、他者と差別化を狙ったキラーフレーズとして書いたものです。口頭試験で必修論文の質問は無かったので、試験官の心にどの程度響いたかは分かりませんが、他の技術士からは良い反応が得られていました。
提案した解決策のリスクに対しての責任を示す
「4.おわりに」で、時代と共に国民ニーズや財政状況も変化するため、提案した解決策は時代適合性の検証しながら進める旨を書いています。これは、時間や環境の変化により解決策の有効性が変わるリスク認識を示したもので、リスクに対する責任を持っていることは伝わると考えます。
また、多様なフェーズ間の連携の必要性を書くことで、建設部門だけでは解決できない問題を含んでいるとの認識も伝わると思います。
「おわりに」の内容から、問題解決、評価、技術者倫理のコンピテンシーについては、比較的高い評価は得られると思います。
結論
H24当時、コンピテンシーを気にして必須論文を書いていたわけではありませんが、今こうして当時の論文を振返ってみると、コンピテンシーは十分読み取れる内容になっています。
仮にH31の必須科目で防災・減災をテーマとした問題が出たなら、多少アレンジすれば十分合格論文になるでしょう。
試験制度は何度も変わっていますが、技術士に求められる資質能力は昔から変わっていないのです。

